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先生の自殺・・・「こころ」より 

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漱石の“こころ”を読んだ人は、最後に先生の自殺という
結末に少なからず違和感を覚えるのではないだろうか。

確かに自身の裏切りによって自殺した親友に対する
良心の呵責は、倫理観の強い先生にとっては死に値する
ものであったかもしれない。

しかしながらその自殺によって一人この世に取り残されて
しまった最愛の妻に対する、夫としての責任はどうなるで
あろうか。

先生は親友の死に対する責任の取り方として、自身の欺瞞を
すべて妻に打ち明けて許しを請うべきではないかと悩む。
もし打ち明けたならばきっと妻は涙を流して許してくれる
だろうとも確信する。

なぜそれができなかったのか。先生は私(主人公)に宛てた
手紙の中で書いている。

「 私はただ妻(さい)の記憶に暗黒な一点を印するに忍び
なかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一滴の
印記(インキ)でも容赦なく振りかけるのは、私にとって
大変な苦痛だったのだと解釈してください。」

先生は純粋な妻が少しでも傷つくことを恐れたのだ。
同時に先生は取り残されるべき妻を案じてこうも書いている。

「同時に私だけがいなくなった後の妻を想像してみると
いかにも不憫でした。母の死んだ時、これから世の中で頼りに
する物はわたくしより外になくなったといった彼女の述懐を、
私は腸にしみ込むように記憶させられていたのです。」

結果的に先生は妻を守る責任よりも、自身の良心の呵責に対する
責任を優先した。“人は犯した罪を悔いれば許される”という
西欧キリスト教的な倫理観はまだ明治の世の中では普及して
いなかったのか。“死に対しては死をもって償う”という武士
道的な精神がまだ強かったのか。

いずれにせよ、現代の読者としては、心から愛した妻をあらゆる
犠牲を払ってでもで守ってほしかった。そしてそれが親友に対する
唯一の供養とも思えるのだが。
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